フランスの日刊紙「ル・モンド」が2023年夏の連載シリーズ「電気自動車(EV)の長征」を掲載しており、その第3話に「欧州で揺らぐEVシフト」と題する記事(2023年8月16日付)を取り上げている。以下にその内容をまとめる。
EUのエンジン車新車販売禁止の舞台裏
2022年6月8日、ストラスブールの欧州議会で本会議に入る直前、欧州議会議員たちはステランティスから電子メールを受け取った。この自動車グループは、「産業的な選択ではなく政治的な選択」と繰り返し糾弾してきたカルロス・タバレス最高経営責任者(CEO)からの批判にもかかわらず、「2035年までにCO2排出量を100%削減するという目標」への支持を表明した。賛成339票、反対249票の賛成多数で採択された規則案は、歴史的な決定である。業界や市場の原則でもなく、メーカーの言い分ででもなく、環境保護の名の下に、欧州の代表的な産業をEVシフトに導いたのは政治的組織なのであった。欧州議会環境委員会のパスカル・カンファン委員長は、「ステランティスのメッセージの影響は決定的なものではなかったが、10〜15人のフランスとイタリアの欧州議会議員を間違いなく動かし、投票の多数決的性格を大きく増幅させた」と語る。
ディーゼルゲートで包囲された欧州自動車業界
欧州連合(EU)は、100年の歴史を持つガソリンエンジンを廃止するうえで争う必要はなかった。2015年9月の「ディーゼルゲート」スキャンダルで唖然とした自動車産業界を包囲するという巧みな戦略を選んだ。フォルクスワーゲン・グループがディーゼル車の窒素酸化物(NOx)排出基準を回避することを可能にするソフトウェアを使用していたことで勃発したこの事件は、壊滅的な影響を与えたと言っても過言ではないだろう。スキャンダル発覚当時、ディーゼル車(ガソリン車よりCO2排出量は少ないが、汚染度は高い)の販売が激減し、メーカーは公害防止基準を満たすことができなくなり、苦境に立たされた。「規制当局との信頼関係は完全に失われ、疎外された我々は、まるで列車が通り過ぎるのをただ見ている状態であった」と、あるメーカーの代表は振り返る。
期限設定をめぐる駆け引き
2050年までにカーボンニュートラルを実現するという原則が2019年に採択されたことで、締め付けが厳しくなっている。エンジンの燃料消費量を計算するために、欧州はいわゆる「WLTP」手続きを導入している。この期限までにCO2排出量をゼロにしなければならないこと、自動車の平均寿命が15年であることを考えれば、2035年以降に内燃エンジンを新車に搭載しない、という計算はすぐにできる。オランダとスウェーデンは2030年、フランス、スペイン、ドイツは2040年を主張していた。2021年7月、欧州委員会が「欧州気候法」を批准し、このスケジュールが正式に決定される前夜、フランスの自動車業界をまとめる組織であるラ・プラットフォーム・オートモビル(PFA)がエリゼ宮(仏大統領官邸)出向き、最後に抵抗する場となった。ルノーの強い要望により、フランス政府は2035年以降のプラグイン・ハイブリッド・モデルに有利な免除を欧州委員会に対して求めることを約束した。ルノーは「ゾエ」でEVのパイオニアとなったものの、EVモデルを増やすための資金調達が困難であることを自覚していた。同グループは、低コスト高収益のダチアを守りたいのだ。中欧で強い存在感を示すダチアが、オール電化で後れを取ることは明らかであったためだ。欧州委員会は結局のところ、アジェンダを2035年に決定し、欧州議会がこれを承認した。
ステランティスとフォルクスワーゲンの思惑
ルノーとは逆に、欧州市場のリーダーであるステランティスとフォルクスワーゲンは、EVという大義名分を熱心に守っている。ルノーの元ナンバー2で、現在はコンサルタントを務めるパトリック・ペラタ氏は、「資金力があり、スケールメリットが大きい最大手にとって、EVシフトというゲームに参加することは、経営資源が限られている小規模な競合他社を窮地に追い込む、あるいは完全に排除するための手段になっている」と語る。実際、2021年以降、(ルノーを含む)ほぼすべてのメーカーが、2030年からEVのみを販売する意向を表明し、欧州当局が設定した期限を先取りしているが、本音では時期尚早と考えているようだ。EV推進に積極的なNGO「欧州輸送環境連盟」(T&E)の自動車部門責任者であるジュリア・ポリスカノヴァ氏によれば、EVへの転換以外に解決策はなかったという。同氏は、「“ディーゼルゲート”がディーゼル車を抹殺した。バッテリーの分野では中国ブランドがリードしており、テスラがEVを魅力的なものにしたことは明らかで、こうした動きに欧州メーカーは対応せざるを得なかった」と語った。また、パスカル・カンフィン欧州議会議員は、「欧州が確立した明確な枠組みがなければ、フランス北部で実施中の電池ギガファクトリーに代表される大型投資は不可能だったであろう」と語った。
「合成燃料」論争
2023年春、欧州のEVシフトは、政治的駆け引きに巻き込まれ、予想外の展開で急停止した。ドイツは、欧州委員会の決定は尊重するという評判を得ているが、その考えを改め、2035年の内燃機関廃止に関する欧州理事会、欧州議会、欧州委員会の合意内容を阻止した。こうしたドイツの方向転換はフランスとの間に大きな緊張をもたらしている。ドイツ政府は拒否権を回避して、2035年以降の合成燃料(e-fuel)の認可を求めた。ポルシェとドイツ新連立政権の一員である自由民主党(FDP)に触発され、ドイツ政府は2022年に欧州議会で採択された法案を修正する改正案を提出し、特別採決にかけられ、結局のところドイツ政府の主張が認められた。合成燃料は、環境面では賛否両論があり、効率も低く、入手可能かどうかも不明で、コストも高いエネルギーソリューションであるも言われているが、ドイツの方向転換は、振り子が戻ってきたことを示すものだ。
揺るぐ欧州の環境コンセンサス
ジョルジア・メローニ首相率いる極右イタリア政府が支持してきた反ゼロエミッション化運動は、チェコ共和国、スロバキア、ポーランド、ルーマニア、ハンガリーなど、これまでは公然と反対を表明していなかった国々を含む形で拡大した。環境に関する欧州のコンセンサスはもはや存在しない。2023年春には、EUの内燃機関の将来の排出ガス基準「ユーロ7」をめぐり、激しい論争が繰り広げられ、後退を余儀なくされた。フランスを含む複数のEU加盟国が2023年5月に、「規制強化の一時停止」を求め、EUが当分の間は新たな環境規制は策定しない希望を表明したが、これはEVシフトにブレーキがかかったことを裏付けている。今日、欧州車の電動化には疑問の影がある。EUでは、熱狂的なEV支持者たちが、2024年の欧州議会選挙の結果を心配している。欧州議会の多数派が明らかに右派にシフトすれば、2026年の見直し条項を含むオール電化への移行プロセスが台無しになりかねない。フランスのある自動車ブランドの取締役は、「2035年など無理だ、個人的には達成できないと思っている」と囁いた。
【参考】ルモンド紙の記事はURLで参照できる(有料)。
https://www.lemonde.fr/series-d-ete/article/2023/08/16/en-europe-un-coup-de-frein-sur-la-voiture-propre_6185516_3451060.html