フランスの日刊紙「ル・モンド」が2023年夏の連載シリーズ「電気自動車(EV)の長征」を掲載しており、その第4話に「テスラのEV旋風」と題する記事(2023年8月17日付)を取り上げている。以下にその内容をまとめる。
伝統的な自動車業界と一線を引く
2023年7月1日にテスラは20歳になった。創業記念を盛大に祝う他の自動車メーカーとは異なり、テスラは大々的に祝うことはしなかった。イーロン・マスク経営最高責任者(CEO)が謙虚であるのではなく、これは前世紀に生まれた自動車メーカー、つまり過去の重荷を背負わなければならない自動車メーカーから距離を置くためである。ここ数十年、自動車業界で革命をもたらしたメーカーは他にない。テスラはEVを発明したわけではないが、EVを望ましいものにし、技術的なものにし、日常生活で使えるものにし、論争の的にした。アングロサクソン人がブランドを取り巻く誇大広告を表現するときに言う「テスラ宣伝」(Tesla Hype)という言葉が存在する一方で、ソーシャルネットワーク上で熱狂的なテスラ・ファンのコミュニティも存在する。
顧客ロイヤリティは業界トップ
マスクCEOがフラッグシップモデルと見なす「モデルY」は、2022年に世界で最も人気のあるクルマとなった。しかし、最もエレガントなクルマではないことは確かで、自動車部門を専門とするコンサルタント会社C-Waysのクレマン・デュポン=ロック氏は、「インテリアや素材の品質は普通で、独創性だけが優先されている感があるが、一方でテスラの顧客ロイヤルティは自動車市場で最も高く、テスラを批判するなど論外と考える顧客が多い」と説明した。長い間、自動車業界はテスラを無視してきた。2019年には累積債務が110億ドル(約1兆6253億円)に達し、初めて大きな利益が計上されたのは2021年のことであった。忘れてはならないのは、2018年、生産ラインの過剰な自動化によって「モデル3」の生産ラインが悪夢のようなスタートを切り、一部の車両を手作業で組み立てなければならなくなったことだ。
長期戦略に挑むテスラ
ゼネラル・モーターズやステランティスでは、マスクCEOが「瀕死の体験」と例えたような事態を生き延びることはできなかっただろう。テスラは、この業界の歴史的な大企業とは異なり、デジタル経済のモデル、つまり、赤字に溺れようとも、利益が花開くまで株価が支える新興企業のモデルに固執していると言える。フランスの自動車コンサルタント会社INOVEVのジャメル・タガンザ氏は、「中国の競合他社のように、自国のグローバル戦略に支えられているテスラは、短期的な収益性に焦点を当てるのではなく、長期的な戦略に着手する機会を得て成果を上げている」と指摘した。
トヨタもテスラに学ぶ
テスラがベンチマークとなった一例をあげると、2010年にカリフォルニア工場をテスラに譲り渡したトヨタは、師匠から弟子に転じた。世界ナンバーワンのトヨタは、大型アルミパネルを一体成形できる唯一のメーカーであるテスラが開発した技術を採用する準備を進めている。テスラの低迷期は終わり、ロイター通信によると、テスラは1台あたり9574ドル(約142万円)のマージンを生み出しており、トヨタは1197ドル(約177万円)、フォルクスワーゲンは973ドル(約144万円)である。車体は軽量化され、長年にわたって微調整されてきたバッテリー管理システムにより、テスラ車の航続距離は最大600kmに達している。今後数年間で航続距離を拡大し、3万ユーロ(約474万円)以下で販売するモデルも登場させる計画だ。
まるでスマートフォンに4輪が付いたクルマ
交流電流を発明したセルビアのエンジニア、ニコラ・テスラ氏(1856~1943年)に敬意を表した社名を持つテスラ社は、高性能コンピューターを使う中央集中型の車載電子基盤を自社モデルに搭載した最初の企業でもある。まるでスマートフォンに4輪が付いたようなテスラのクルマは遠隔操作でアップデートされ、スーパーチャージャーに駐車して充電する際にはネットフリックスで動画を見ることもできる。4万5000箇所にある充電ポイント(フランス国内に約2000箇所)には、最初のユーザーが長距離を走行できるようにするために多額の資金が投入された。充電インフラが十分に整備されていないことで有名な米国では、他ブランドもテスラと交渉し、顧客がこれらのサービスを利用できるようになっている。それと引き換えに、他ブランドはテスラが指定した充電技術プロトコルを採用しなければならない。モルガン・スタンレー銀行のあるアナリストは、EV市場が爆発的に拡大していることから、スーパーチャージャーの資産価値は2030年までに1000億ドル(約14兆7752億円)規模になると予測している。次の一手に備えるこうした能力は、EVのイメージを根底から変えた。EVは、都市部で実用的な使命を捨てて技術的なオブジェとなった。そして、これまで圧倒的な強さを誇っていたドイツの最高級車セグメントは、保守的な陣営に追いやられてしまった。
社会的エリート主義の一形態
EVはこれまで、制約があるとか非現実的であると考えられてきたが、自動車文化の外側、つまりテクノロジーや家庭の世界からインスピレーションを得ることによって、信頼を得てきた。実際、テスラとアップルは、シンプルで綿密なデザインだけでなく、社会的地位や一種のアヴァンギャルド(先駆け)を表現する能力でもしばしば比較されてきた。テスラの外観は伝統的なままだが、内部にはボタンやレバーがなく、操作はタッチパネル式で、中央のスクリーンのツリー構造を利用して行われる。近代の自動車が長年にわたって一般大衆を無関心にさせてきたのに対して、これらのクルマが放つオーラは、人々を魅了している。テスラを運転することは、環境へのコミットメントの現れというよりも、未来志向のライフスタイルを肯定することであり、デジタル・テクノロジーへの情熱を混ぜ合わせた社会的エリート主義の一形態なのだ。
逆走した自動運転技術
テクノマインドに溢れ、洗練されているからこそ、より良い未来を約束するという手法は、悪巧みに転じることもある。常に自動運転の最前線に立とうとしてきたテスラは、このことを身をもって体験している。高速道路上で人の手を借りずに追い越しができる同社のモデルは欧州では規制を遵守しているが、法律がそれほど厳しくないアメリカでは、自動走行能力がむしろ逆走してしまっている。テスラ車による死亡事故が相次いだことを受け、米高速道路交通安全局(NHTSA)がテスラを厳しく非難した。交通安全を担当する同局は、運転支援システム「オートパイロット」が、ドライバーに対して警戒する必要はないという考えを植え付けていると批判している。NHTSAは2023年3月、制限速度を超過したり、交差点を違法または予測不能に横断したりし、(衝突の)リスクを高める可能性が高いと判断された35万台の車両に搭載されたこのソフトウェアの設定修正を求めた。
今後の課題はマスクCEO自身か
テスラに次ぐ世界第2位の電気自動車メーカーである中国のBYDとの競争が激化するなか、テスラブランドの最大の問題はマスクCEO自身であるかもしれない。ツイッターの買収を含むテスラの売名行為はテスラの株価を下げ、彼の共和党寄りの姿勢はテスラを政治の斜面に引きずり込んでいる。いくつかの世論調査によれば、マスクCEOのふざけた態度は最近、米国における彼のブランドイメージの悪化に寄与しているという。しかしながら、このことは彼の商業的成功には今のところ影響していないようだ。
【参考】ルモンド紙の記事はURLで参照できる(有料)。
https://www.lemonde.fr/series-d-ete/article/2023/08/17/tesla-le-trublion-devenu-la-reference_6185614_3451060.html