ドイツ公共放送連盟ARD、ドキュメンタリー番組『ディーゼル・ディザスター』を放映

ドイツのARD(ドイツ公共放送連盟)は2019年1月7日、同国の国民における目下の最大の関心事の一つであるディーゼル車を主題としたドキュメンタリー番組『ディーゼル・ディザスター(災害、大参事)』を放映した。

同番組(約30分、ドイツ語)は、2020年1月7日までARDメディアセンター(ARD Mediathek)ウェブサイトで公開されている。

http://mediathek.daserste.de/Reportage-Dokumentation/Exclusiv-im-Ersten-Das-Diesel-Desaster/Video?bcastId=799280&documentId=59193682

 

ドイツでは現在、環境・消費者保護団体DUHが「ディーゼル車の排ガスに起因する国内の早期死亡者数は年間およそ1万3000人」との主張を掲げながら、州や自治体に旧式ディーゼル車等の乗り入れ禁止を求めるための組織的な訴訟を展開しており、すでに全国的に乗り入れ禁止の判決が相次いでいる。

同番組は、このようなディーゼル・ディザスターの渦中、EUの二酸化窒素(NO2)排出基準値設定の経緯や根拠に疑問を呈すると共に、ディーゼル車の排ガスによる健康被害への影響に関する識者の見解を対比させることによって、それが語られるほどには解明されていない現状を浮き彫りにしている。

 

EUNO2排出基準値の妥当性

EUのNO2排出基準値(年平均濃度40 µg/m3)は、世界保健機関(WTO)勧告に基づいて設定されたものであるが、番組は、そもそも、このWTO勧告に対しては異論が多いことを指摘している。

米国では、これを根拠付ける研究報告が「説得力に乏しい」との理由から、同基準値の採用を見送り、103 µg/m3に設定されている。米国内でこれより厳格な基準値が設けられているのはカリフォルニア州だけであるが(57 µg/m3)、ドイツでこの基準値を適用したと仮定すると、ディーゼル車走行禁止措置を実施しなければならない都市はほぼ皆無である。

 ドイツでのNO2 排出基準値設定時には、ヘルムホルツ協会がその評価プロセスに関与したが、同協会環境医学部門のProf. Anette Petersは、「当時はこのWHO勧告が提唱する値で国民の健康を効果的に保護することができ、2005年当時の知見に基づいた結果、大気質の最適化につながると考えられたのです」として、同基準値が採用された経緯について、慎重に言葉を選びながら説明している。

番組ではさらに、この「知見」の内容を補足している。同協会は当時、都市と地方の住民を対象としたデータ比較の結果、地方住民の寿命の方が若干長いことを特定し、これを裏付けるデータがないまま、この違いは都市部における高い有害物質量に起因すると結論した。これについては、今日なお異論があると言う。

 

ディーゼル車の排ガスによる健康被害への影響

番組で引用された主な識者の見解を以下にまとめる。

  • シュトゥットガルト赤十字病院 内科・呼吸器内科・心臓学専門医 Martin Hetzel

ディーゼル車走行禁止のみならず、シュトゥットガルト市内で定期的に発せられる粒子状物質(PM)警報も非難。「PMやNO2を原因とする心臓疾患や死亡者はいない」。過熱する議論を「人々の間にパニックを引き起こすだけのもの」として一蹴。

  • 呼吸器内科専門医学者 Dieter Köhler

「一つの偶発的な相関関係から根拠のない因果関係を導いている」として、都市における窒素酸化物(NOx)濃度計測値と健康被害の関連性に疑問を呈した。

  • ドイツ連邦環境庁 Wolfgang Straff

「特定の有害物質単独の疾病誘発を観察することは不可能なので、NO2を原因とする死者や患者は存在しないのは当然です。我々が観察しているのは、『NO2濃度が高いほど疾病が増加する』という疫学調査の結果です」として、上記医学者らの説に反論。

 

同番組では、この他に大気質測定機の設置場所の適切性に関する議論や、日常生活における自動車以外のNOx発生源(ロウソクやガスコンロ等)にも焦点を当て、最後は「今こそディーゼル技術の利点と真のリスクについての公正な議論を行う時なのではないか」との提唱で締めくくられている。

 

参考:ドイツの公共放送について

ドイツの公共放送は、ARD(ドイツ公共放送連盟)とZDF(第 2ドイツテレビ)の二つの機関により実施されている。財源はいずれも視聴者からの受信料。なお、同国では連邦政府の放送行政への介入を禁止しており、放送の組織や内容に関する立法権限は州の所管事項となっている。ARDは、国内9つの州放送協会を統括し、テレビ・ラジオ放送の全国ネットを構成している。